現在,小樽交通記念館は改装中のため見学出来ません。
出発は朝からだった。
朝7時30分、朝食に焼そばパンを食べてから家をで出発した。前日は誕生日の祝いに四川飯店へ行ってそこでお腹が痛くなるまで食べて来たのでほんの少し出よかった。普段ならバスで行くが、今日は安く抑えるために稲積公園駅まで自転車で向いそこからJRで小樽を目指す。これなら運賃が440円ですむ。駅までは家から1時間10分を見積もっていたが、実際は40分で着いた。自動券売機の前では自分と同じくらいの年の三人組が券を買えないで困っていた。ウィズユーカードを入れようとしていたのには驚いた。わからないなら窓口で買えばいいのに。札幌方面のホ−ムは人が待っていたが、こちら側の小樽方面は自分を含めて2人しかいなかった。
やって来たのは手稲行き普通列車。731系6両
朝は6両の列車が多いようで手稲に停まっていた列車もすべて6両だった。
手稲駅で小樽行きを待っていると団体列車がやって来た。キハ400の三連で中には御飯が用意さ れていた。電光表示板の行き先は函館だった。

小樽行きはクハ721系6連で、後ろは赤い座席の車両(一次車)だった。小樽まで海沿いの綺麗な景色を見ながら進んで行く。小樽で列車の切り離し作業を見ることが出来た。
船見坂から港の方向をみると遠くまできれいに見えた。そのちかくに「小樽服装文化専門学校」という学校があった。長い名前だと思ったが、それ以上に建物が荒れていることに驚いた。本当にここは学校なのだろうか?
いつも釣りに行く時に通るフィッシングパパの前にさしかかる。目の前のフードセンターでトイレを借りようと思って行ってみたがあいにくまだ開店していなかった。一人のおばさんがすべての扉を引っ張ってみていたが、結局どこも開かなかったようだ。
旭橋の見えるところで人がたくさん集まっていた。カメラや照明がある。撮影だ。聞いてみたところプロモーションビデオの撮影だそうだ。朝鮮語の音楽がバックで流してあったので日本の人ではないようだ。近くには絵を書いているおじさんがいた。小樽ではよく絵書きを見つける。

運河沿いを歩いて日本郵船の建物の前の公園までやって来た、ここらへんの建物は小樽軟石を使用しているそうだ。運河はここで終り、ここからは道を手宮に向って歩く。数分で手宮洞窟に到着した。中学生は無料で見学することができる。残念ながら館内はフラッシュを使っての撮影は禁止だったので一枚も写真をとらなかった。洞窟の壁画は1600年程前に描かれたらしく、姿はバイキンマンみたいだった。これは人が角などをつけて仮装している様子だとか。ここからは土器などはほとんど発掘されておらず、祈りを行う神聖な場所だったらしい。
だが、今では壁画も崩れて見えづらくなっている。

次は交通記念館に行った。入場料は470円するが、中にはいろいろなものが展示されていて良い。資料館の入ったところに大きなペットボトルで出来た観覧車があった。周りには缶で作った飛行機などリサイクルを推進する飾り物がいっぱいあった。二階から先に見ることにした。そこは船の展示室で小樽にまつわる船が模型でたくさんおいてあった。その隣が自動車とバイクが並べられてある。古い映画にでてきそうなアンティークな車が多い。プロジェクトXで紹介していたスバルのてんとう虫もあった。次の部屋から鉄道のコーナーになる。この記念館は手宮線の跡地にあるためやはり鉄道関係の展示が多い。昔は北海道にたくさんあった森林鉄道や簡易軌道などの紹介がはじめにあり、SLのいろいろや昔の時刻表、切符等さまざまな種類の展示がある。写真は急行、特急に使われていたプレート各種。オホーツクやすずらんは今でも走っているが、天北、石狩、北海などは走っていない。

館内にアナウンスがかかった。アイアンホース号という蒸気機関車の運行がまもなく始まるという。資料館を見ている途中だったが、ひとまず外に出た。アイアンホース号の乗車料は一人100円。高校生以上は200円となる。あたりは小学生以下の親子が多く、中学生は自分一人だったようだ。汽笛をならすとゆっくりと走り出した、運行区間は資料館前〜手宮のわずか200メートルだが、十分に乗ったと言う気が味わえる。汽車は付け替えなどをおこなってから再びもとの位置に戻った。所要10分くらいだった。

屋外にはいくつかの列車が展示されているが、雨にさらされるせいか結構ボロかった。
それでも運転席や普段は乗ることの出来ない郵便車や救援車などに乗車出来るというのはうれしい。山線特急の北海やマニ郵便車などに乗ることができた。
特急北海にならんでSL機関車や電気機関車、ディーゼル機関車などたくさんの種類の車両がとめてあっておもしろかった。すべての列車内に立ち入ることが出来て、一部は休憩スペースで中に自動販売機が設置されている車両もある。
その後も館内を見学して外の列車を見に行ったときにはもう3時間が過ぎていた。アイアンホース号の二回目の運行の時刻となっていて、ホームにはさっきよりもたくさんの人が並んでいた。敷地にはしっこの方に写真でしかみたことのないキハ56があった。表示板は「急行ちとせ」となっている。どこを走っていたのかはわからない。車内はすべてクロスシートで今のクハ711やキハ40と変わらない。ニ両目のグリーン車では大きな画面で鉄道の映像が流してあった。誰も見ている人はいない。
帰りに中央バスの手宮にちかい手宮口というところから外に出ようと思ったが、なんとここは閉め切られていて正反対側の出入り口からしか出入りが出来ないということがわかった。しかたなく敷地を反対側までいってから外の道を再び折り返してきた。
ここからは何度も行きたいとおもっていた手宮線跡を歩く。手宮線は南小樽駅から交通記念館のあたりまで伸びていた北海道初の鉄道である。出来た時は南小樽からはいまと同じ場所を通って札幌まで続いていた。レールは交通記念館横の道路のまんかなまら始まっていた。線路沿いには踏切の跡やポイントを動かすレバーなどが今でも草にまぎれて残っていた。

線路は道のまん中から始まっていた。
途中で線路上立ち止まっている団体に出会った。話を聞けば小樽文学散歩という勉強会みたいなのをやっているそうで、この後も観光地をめぐるのだとか。

小樽文学散歩のメンバー
さらに行くと寿司屋通りとぶつかっていて、ここには橋があったみたいで橋脚のようなものが残されていた。その後跡地は函館本線の横のみぞのようなところにはいっていった。
もうそこに入って行くことは出来ずに手宮線から別れた。道のまん中の大きな鳥居がたっていたのでそこの坂を登って行った。すると水天宮神社に行き着いた。小高いところにあある神社で見晴らしがよかった。そこから外人坂をおりて進んでくるとメルヘン交差点に出た。ここにくるといかにも観光客というかんじの人で一杯だった。自分も観光に来ているのだが、別に土産物を買いはしないので店には立ち寄らなかった。この後の予定としてはさらに朝里駅まで5?ちかく歩こうとおもっていたが、疲れたので小樽築港駅まで歩いてそこからJRに乗った。運賃表を見てみるとなんと手稲までは350円なのに稲積公園だと440円になっている。最初の予定では小樽築港にくるはずではなかったので自転車は稲積公園においてある。少し迷ったが、手稲までいってそこから一駅分歩くことにした。快速エアポートは6両編成だが、席はうまっていて座ることができず、結局手稲まで立たされた。10分後の快速いしかりライナーは同じく6両編成のクハ721系だった。あれだったら座れたかもしれない。稲積公園までは2キロくらいでそんなに疲れずに歩けた。帰りの自転車は歩きに比べるととても楽に感じた。
http://www.city.otaru.hokkaido.jp/kyouiku/syogaigakusyu/dokutsu.htm 手宮洞窟


